「気」についての仮説
- 2016/5/23
- 気功
先週の続きで、「気」とは何かについての私の仮説を
掲載しますね。
先週は、今のエネルギー療法を使い始めて、この「気」というものは、ひとつではない、と感じ始めたというところまででした。
ココから
自分の内部にある力を、特殊なトレーニングをすることにより、治療に使えるようになった施術者が使用するエネルギー(気)もあれば、目に見えないだけで、この地上に飛び交っている、エネルギー(気)を上手く体内に取り込んで、施術に使用する術者もいます。
私の場合は後者に当てはまると思います。 その理屈は、例えるなら、ラジオを聞く時と同じです。
ラジオの電波も目には見えないものの、間違いなく、そこら中に飛び交ってますよね?
しかし、ラジオを聞きたければ、受信機を購入しなければなりません。でも購入してスイッチを入れるだけでは聞きたい放送局を聞けません。
聞くために、ラジオの放送局の周波数に合わせれば、ラジオの番組を聞くことが出来ます。
それと同じように、目には見えないものの、そこら中に飛び交っているエネルギー(気)の周波数に自分が合わせることが出来れば、受信できるのです。
そして受信した後に、患者さんに渡すという訳です。
ですので、受信できる体勢に自分を持っていった上で、安定確保するために、それなりのトレーニングをすれば、誰でもエネルギー(気)を使えるようになると思いますよ!
最後に、その飛び交っているエネルギー(気)とは何なのか?ということなのですが、今はまだ分りません。
私の想像では、何十年後かに科学的にその存在が確認できて、「昔の人は、これを「気」と呼んで、不思議がっていたらしい」と未来の小学校の教科書に掲載されるのではないでしょうか?
気の正体はその時までのお楽しみという訳です。(笑)
これらのことは何度でも言いますが、空くまでも仮説ですので、ご理解下さいね!